D&I推進の土壌となる「心理的安全性」

今回は、お互いを認めて活かしながら創造性や生産性を高め、全社員が活躍できる組織づくりのキーワードとなる「心理的安全性」について紹介します。

1.「心理的安全性」とは

「心理的安全性」とは、「サイコロジカル・セーフティ(psychological safety)」を日本語に訳した心理学用語であり、チームメンバーに非難される不安を感じることなく、安心して自身の意見を伝えることができる状態のことを指します。
言い換えれば、「安心して自然体の自分自身をさらけ出せる」、「遠慮なく発言できる雰囲気がある」状態とも言えます。
1999年にハーバードビジネススクールのエイミー・C・エドモンドソン教授によって提唱され、論文で、次のように表現しています。

“A shared belief held by members of a team that the team is safe for interpersonal risk taking.”
(このチーム内では、対人関係上のリスクをとったとしても安心できるという共通の思い)
Edmondson (1999) Administrative Science Quarterly. 44(2)

つまり、無知、無能、否定的、邪魔だと思われる可能性のある言動をしても、「このチームなら大丈夫」と、対人関係が破綻したり嫌われたりすることがない安全な場所であるということが、メンバー間で共有された状態です。
さらに2016年に米Google社が「心理的安全性の高いチームは生産性が高い」という研究結果を発表して以降、日本でも高い注目を集めるようになりました。

2. 「心理的安全性」という概念が生まれた背景

この心理的安全性という概念が生まれた背景には、「チームの変化」があります。従来の「チーム」と言えば、物理的に同じ場所にいて、文化が似通ったメンバーで構成され、信頼関係を築く時間がある集団でした。
しかし、環境や要求の不確実性が大きいVUCAな時代においては最適解がどんどん変動するため、プロジェクトごとに世界中からメンバーが召集され、目的達成とともに解散する等、流動的なチームが一般化しつつあります。
文化も違い、物理的な距離もあり、従来のようにじっくり信頼を築く時間もない。そのような環境の中でチームを機能させるためには何が必要なのか。その要素のひとつとして、エドモンドソン教授は「心理的安全性」を提示しました。

3. 心理的安全性が低い環境で生じる「4つの不安」

エドモンドソン教授は、心理的安全性が不足している環境では「4つの不安」が生じ、パフォーマンスや生産性に悪影響を及ぼすと説いています。 
(Amy Edmondson, Building a psychologically safe workplace, TEDxHGSE)

① 無知だと思われる不安
「こんな簡単なことも分からないのか」「こんな用語も知らないのか」と思われる不安があると、不明点があっても質問をためらうようになってしまいます。その結果、いつまでも分からないままにしていたり、相談しなかったことで重大なミスを起こしたりする可能性があります。

② 無能だと思われる不安
「こんなこともできないのか」「また失敗したのか」と思われる不安があると、能力不足やミスを隠したり、間違いを認めなかったりしてしまいます。のちにミスが発覚し、より重大なトラブルに発展する可能性があります。

③ 邪魔をしていると思われる不安
「あの人のせいで議論が脱線した」「いつもミーティングを長引かせる」と思われる不安があると、発言を控えるようになってしまいます。新しいアイデアが出てこなくなり、議論の停滞を招いてしまうこともあります。

④ ネガティブだと思われる不安
「あの人は否定的な意見ばかり言う」「せっかくのいい流れを妨げる」と思われる不安があると、たとえ改善に寄与する前向きな意見であっても、否定的な発言をちゅうちょするようになります。問題の早期発見や解決が難しくなるかも知れません。

4. Googleが調査した、優れた成果を挙げるチームとそうでないチームの差

2012年、米Google社は「世界中から聡明な人材を集めているのに、優れた成果を挙げるチームとそうでないチームが生じるのはなぜだろうか。」という問題を解明するために、調査を開始しました。
180ものチーム(エンジニア系115チーム、営業系65チーム)を追跡し、様々な角度から収集した大量のデータを解析した結果、本当に効率的で成果を挙げられるチームの条件は、「優秀なメンバーがいるか」ではなく、「メンバー同士がいかに協力しあうか」にありました。
米Google社が2015年に公表した、「効率的なチーム」の要素は次の通りです。

(https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/introduction/)

① 心理的安全性(サイコロジカル・セーフティ):「チームの中でミスをしても、それを理由に非難されることはない」と思える
② 相互信頼:「チームメンバーは、一度引き受けた仕事は最後までやりきってくれる」と思える
③ 構造と明確さ:「チームには、有効な意思決定プロセスがある」と思える
④ 仕事の意味:「チームのためにしている仕事は、自分自身にとっても意義がある」と思える
⑤ インパクト:「チームの成果が組織の目標達成にどう貢献するかを理解している」と思える

上記の5つの中で最も重要な要素は心理的安全性で、他の4つの要素の土台になっています。

5. 心理的安全性が高いチームの特徴

心理的安全性が高いチームの特徴は、お互いを認め合い、尊重し、助け合う意識が高いことが挙げられます。これは年齢や立場や経験が異なる中でも、チームのゴールに向かってそれぞれが「良い」と思ったことを遠慮なく発言・行動できたり、「気になること」や「ちょっとしたアイデア」などを表に出せたり、もっというと「不安」に感じたり「助けてほしい」といったようなことまで遠慮せず言えるということです。
心理的安全性が高いと、特に新人は不安や助けを口に出しやすくなったり、ベテランの感覚にはない最新のトレンドや知見を発言できたりと、チームに対して貢献しやすくなります。またベテランにとっても仕事を抱え込んだり、自分の弱さを見せたりすることで周囲の助けをもらいやすくなります。お互いの強み弱みを理解し、それぞれの強みを活かして弱みをカバーする状態を作り出すことで、年齢や経験や属性を超えた、理想のチームへと成長していきます。

6. 心理的安全性を高める効果

心理的安全性を高めることで、以下のような効果が期待できます。

① 情報交換がスムーズになる・活発になる
メンバーが発言しやすい環境ができるため、「些細な懸念点」「まだ粗削りなアイデア」なども気軽に発信することができ、チーム内での情報交換が活発化します。
また、さまざまな観点から得られた情報がスムーズに交換されることで、それぞれの得意分野の知識を共有でき、チーム全体の知識量も知識の深さも向上します。
② 多様な能力を持つ人間が集まりやすくなる
多様な価値観が認められるため、さまざまな個性や能力を持つ人が集まり、議論が深まりやすいという特長があります。
同じような価値観を持つ人間同士が自由に話し合うよりも、異なる価値観の持ち主が自由に話し合う方がイノベーションが生まれやすくなります。
③ 問題の早期発見、解決ができる
チームメンバーが気兼ねなく発言できるため、コミュニケーションが円滑になり、何気ない雑談や、ふとした思いつきも共有され、問題の解決の糸口になる可能性があります。
また、課題や問題についても率直に指摘しやすい状態のため、問題の早期発見、早期解決が可能となります。
④ 人材の定着率が高まる
「ありのままの自分をチームメンバーが受け入れてくれる」という安心感から、職場に居心地の良さを感じるようになります。
米Google社の調査結果でも、離職率が低くなることが証明されています。

企業によっては、「メンバー同士を協力させるより、競争させるほうが業績アップにつながる」と考えることもあるかもしれませんが、人材不足の中、限られた人数で長期的に成果を出し続けるには、従業員のメンタル面の安定をはかりエンゲージメントを高めていくことが重要です。近年は、社員のモチベーションやエンゲージメントを指標化したeNPS(Employee Net Promoter Score)をKPIに設定し、従業員満足度に注目している企業も増加傾向にあります。

7 心理的安全性の測定方法

心理的安全性を測る質問として、エドモンドソン教授は「7つの質問」と「3つのサイン」を挙げています。チームが心理的安全性の高い状態にあるかをチェックするポイントとして、これらのサインが見られるかどうかを観察してみてください。

7つの質問

① チームの中でミスをすると、たいてい非難される。
② チームのメンバーは、課題や難しい問題を指摘し合える。
③ チームのメンバーは、自分と異なるということを理由に他者を拒絶することがある。
④ チームに対してリスクのある行動をしても安全である。
⑤ チームの他のメンバーに助けを求めることは難しい。
⑥ チームメンバーは誰も、自分の仕事を意図的におとしめるような行動をしない。
⑦ チームメンバーと仕事をするとき、自分のスキルと才能が尊重され、活かされていると感じる。

設問1・3・5の度合いが低く、2・4・6・7の度合いが高いほど、心理的安全性の高いチームだと判断できます。

3つのサイン

① ポジティブな発言が多い
② 日頃から成功だけでなく、ミスや問題についても話をする
③ 職場に笑いとユーモアがある

8. 「心理的安全性」を高めるポイント

心理的安全性のあるチームには、以下のような習慣があると言われています。
● 普段から挨拶をしている
● 感謝の言葉を言っている
● 小さなグループで固まらず、全員とそれぞれ話している
● 人が話している時に遮らない
● 質問しやすい雰囲気で、質問に対して誠実に回答している

このようなチームをつくるために、エドモンドソン教授は以下のポイントを挙げています。
● 直接話しかけやすい親しみやすい人になる
● 自分の知識の限界を認める
● 自分も間違うことを積極的に示す
● 参加を促す
● 失敗は学習する機会であることを強調する
● 具体的な言葉を使う
● 境界(規範)を設ける
● 境界を越えたことについてはメンバーに責任を負わせる

9. 心理的安全性の高い環境を作り出すリーダーの行動

職場環境が心理的安全性の高い状態となるかは、リーダーの日々の行動に大きく左右されます。リーダーの方は、次の5つのポイントが実践できているか、確認してみてください。

① 積極的にメンバーの話を聞く姿勢を示す
メンバーに対して傾聴の姿勢を示します。目線を合わせる、目の前の会話に集中する、うなずくなど、全身で積極的に話を聞く姿勢を見せ、時には思い付きも歓迎する旨を伝えると、メンバーが発言しやすくなります。

② 理解していることを示す
「なるほど」「あなたが言いたいことは〇〇ですね」など、話の内容を理解したことを相手に伝え、相手の意見に懸念点があれば、解決策に焦点を当てるのも大切です。

③ 対人関係において相手を受け入れる姿勢を示す
普段からメンバーに感謝の言葉をかける、対話の時間を設けるなど、メンバーとの関係構築に力を費やします。また、否定的なことを発言しても出世や進退に影響しないと明言することも大切です。

④ 意思決定において相手を受け入れる姿勢を示す
意思決定をする場合は根拠を説明し、意思決定に貢献した意見を発したメンバーを称えたり、決定事項について、メンバーにフィードバックを求めたりすることで、メンバーは「自分の意見が受け入れられている」と感じやすくなります。

⑤ 強情にならない範囲で自信や信念を持つ
チーム会議中は雑談を認めない、意見の対立が個人間の対立に発展しないようにするなど、チームの会議を統制します。また、チームの代表として、リスクを恐れずチャレンジする姿勢を示します。

10. まとめ

弊社も、いろいろな経歴を持たれた新卒採用・中途採用の方が入社されます。彼らの経験を活かして、新しい取り組みにチャレンジするには、心理的安全性の高い組織(土壌)が不可欠となります。
心理的安全性の状態を定期的に測り、社員からのフィードバックをもらいながら、全社員が働きやすい職場環境づくりを目指していきたいと思います。


         

執筆者
小河原 尚代
株式会社Dirbato(ディルバート)
コンサルティンググループ パートナー

大学卒業後、大手SIerに入社。その後、日系総合コンサルティングファーム、外資系金融企業に参画。DX推進、プロジェクトマネジメントを得意テーマとし、DX推進の一環で、IT組織変更も多く支援実績を持つ。組織改革やシンプル化・自動化といった業務改革のマネジメント経験を豊富に有する。クロスボーダーな課題解決が求められるグローバルプロジェクトの責任者も歴任。2020年4月1日株式会社Dirbatoに参画。