日本企業の女性役員登用の動き

経団連は去年(2020年)11月、企業の役員に占める女性の割合を2030年までに30%以上にする目標を初めて示し、会員企業に賛同を呼びかけました。
日立製作所は20日、役員層(執行役と理事)に占める女性の比率を2030年度までに30%に引き上げる目標を発表しました。
たびたび指摘されてきた日本のジェンダー平等の遅れについて取り上げてきましたが、今回は日本企業の女性役員登用の動きについてお伝えします。

1.企業業績と女性活躍推進の関係

女性活躍推進の取組の必要性はジェンダー平等の観点はもちろんのこと、経済成長の観点からも重要な意味をもっています。
ゴールドマン・サックス証券が2019年に発表したレポートは「日本の女性就業率(67%)が男性就業率(83%)と同レベルまで上昇すれば、日本の就業者数は約580万人増加することになる。 就業者が増加すれば所得も増えるため、当社試算では日本のGDPは10%押し上げられる可能性がある。就業率の男女格差が2014年に比べて縮小した結果、GDP押し上げ効果は前回よりやや低下したが、それでも先進国の中では相対的に大きい。」としています。
また、企業業績においても、女性活躍推進、特に女性役員を登用することがよい相関関係を示すという調査結果が報告されています。
ゴールドマン・サックス証券の前述のレポートでは、「女性管理職比率を開示している上場企業(297社)のデータに基づくと、女性管理職比率が最も高い(15%超)企業グループの5年平均増収率が6%以上を獲得しており、また、3年平均ROE(2010年度~2012年度)も最も高い(9%超)となっている。」としています。(下図参照)
また、マッキンゼー&カンパニーが2017年に発表したレポートでも、女性役員比率が最も高いランクに属する企業は女性役員のいない企業に比べて平均ROEが47%高いという内容が報告されています。

 
 

こうした女性活躍と企業業績の相関関係に投資家も着目しており、内閣府が2019年に実施した調査によりますと、約7割の機関投資家が、女性活躍情報を投資判断に活用する理由として「企業の業績に影響があるため」と回答しています。
多くの機関投資家が、女性活躍の推進が長期的に企業の成長に繋がっていくと考えているようです。

2. 日本の女性活躍の現状

本稿でも紹介してきたとおり、日本のジェンダー平等の取組は海外と比べると遅れていることは否めませんが、過去との比較においては徐々にではありますが進みつつあるようです。
広く女性の社会進出ということでは、国内の女性就業率は2019年時点で44.5%であり、これは諸外国と同程度の水準と言えます。
また、女性役員の登用という意味では、日本経済新聞社が今年、東京証券取引所1部上場の売上高5,000億円以上の主要企業320社を対象(内、85社から回答)として実施した調査によりますと、女性の役員(取締役、執行役員、執行役、監査役)は2020年7月1日時点で延べ170人と18年の108人から62人(57%)増えており、業務執行に直接関わるポストで女性登用が進んでいることがわかりました。
ただし、海外と比較した場合は米国の40.7%、シンガポールの36.4%に比べ、日本は14.8%に留まっています。(下図参照)

 
 

(2020年3月10日 経済財政諮問会議 資料8 「女性活躍の加速に向けて」より抜粋)

3. 女性のキャリアアップを阻む「ガラスの天井」「ガラスの壁」「壊れたはしご」

女性やマイノリティーがキャリアアップをめざす際、業績や経験など条件は整っていてトップは見えているのに『見えない天井』に阻まれている、こうした状態の比喩として「ガラスの天井」という表現があるのをご存じの方は多いと思います。

また、女性が「ガラスの天井」に至る前に、最初の1段目で障壁に遭遇している状況を示すと言葉として「壊れたはしご」という表現があります。マッキンゼーと女性の社会進出を支援する「LeanIn.Org」が2019年に行った調査によると、男性100人に対し、ファーストレベルの管理職に就く女性は72人に留まっているといいます。
これについてレポートでは「女性の数はレベルが上がる毎に減っていく。
そのため、上級職レベルで女性の採用や昇進の割合が改善しても、全体として女性が追い付くことはない。シンプルに、次へと昇進する女性が少なすぎる」と指摘しています。

さらに、女性に管理を任せる職域を分離・制限すること、すなわち「ガラスの壁」も女性リーダーを阻む壁になっていると指摘されています。
ILOの調査では、「ほとんどの企業で女性管理職は人事、広報宣伝、財務・総務などの特定の職域に偏り、事業部門・営業、研究・製品管理、統括経営などの職域は男性優位であることがわかっている」としています。

 
 

(ILO駐日事務所「企業に女性役員を女性人材のキャリアパス構築」より抜粋)

   

三井物産や日産自動車で社外取締役を務めるジェニファー・ロジャーズ氏は、日本企業の女性役員登用やキャリアアップの問題点について、日本経済新聞社の取材に対して次のように述べています。

● 日本では個人のスキルセット(専門知識・異質な経験)を評価する明確な仕組みが整っていない。能力をはかる前に性別や国籍、年齢で区別してしまう。これこそが意識的偏見(コンシャス・バイアス)そのもので、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)以前の問題だ
● 成果と連携した評価・昇進の仕組みがなければ、数値を達成しても"女性だから"といわれる。優秀な女性が正しく昇進し、ロールモデルとなることで若い人も『私もなりたい』と思うだろう
● 均等法や育児休業などの制度は整っているのに十分活用できていない。多様性が生きるのは誰もが自分のスキルセットで成功できたとき。制度はそのためにある

4. なでしこ銘柄

   

経済成長、企業業績、投資の呼び込み、ジェンダー平等以外の観点でも女性役員の登用は、取組の必要性が認識されています。
こうした流れを受けて、2012年から経済産業省と株式会社東京証券取引所が共同で女性活躍推進に優れた上場企業を「中長期の企業価値向上」を重視する投資家にとって魅力ある銘柄「なでしこ銘柄」として紹介しています。企業に対する投資家の関心を一層高め、各社の取組を加速化していくことを狙いとしています。
2021年度は、東京証券取引所の全上場企業約3,600社から、企業価値向上を実現するためのダイバーシティ経営に必要とされる取組とその開示状況について評価を行い、業種毎にスコアが上位の企業を「なでしこ銘柄」として、45社を選定しました。

   

スクリーニング要件は、

①女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)に基づく行動計画を策定していること(従業員数 300 人以下の企業を除く)
② 厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」に「女性管理職比率」を開示していること
③「なでしこ銘柄」においては女性取締役が1名以上いること、「準なでしこ」において は取締役、監査役または執行役員のいずれかの役職に女性が1名以上いること

   

の3点とされています。 これらのスクリーニング要件を満たした企業について、女性活躍度調査のスコアリング結果に、財務指標(ROE)による加点を経て、業種ごとに上位にランクインした企業 20 社を「なでしこ銘柄」 として選定しています。

    

この「なでしこ銘柄」に選ばれている企業の一つに、住宅設備機器メーカーの「LIXIL」があります。
LIXILでは、新卒定期入社採用に占める女性割合を50%以上とする目標を掲げているほか、社内の次世代経営人材育成のための研修プログラムの若手クラスの受講者の女性比率を20%以上とすることを目標とし、毎年達成しているといいます。
瀬戸欣哉社長兼CEO(最高経営責任者)は女性活躍推進の必要性について、次のように述べています。

    

● 組織が多様性を持つことで、誰もが『自分は組織の一員だからがんばろう』という気持ちになるのがD&Iです。その中で特に大切なのが、人口の半分を占める女性がもっと管理職になって、経営に参加できるようにすることだと考えています
● はっきり言って、何のために女性がもっと経営に参加しなければならないのかというと、『もうけるため』です
● LIXILのトイレやキッチン、お風呂、ドアなど様々な商品は、男性と女性が等しく使っています。今の社会状況で見れば、キッチンなどは女性の方が使っている回数が男性よりも多いでしょう。そういう状況なのに、商品を開発、デザインして、作って売るという意思決定の中心にいるのはほとんどが男性です。社内で商品やサービスの会議をしていて、『女性の視点を入れよう』と言っても、その場に女性がいないことも多い。それでいいのでしょうか

(2021年4月2日 日経ビジネス電子版「LIXIL瀬戸社長「もうけるためにダイバーシティ推進」)

  

女性の活躍が企業の業績にポジティブな影響を与えることは、これまでの多くの調査や分析で裏付けられていますが、実現に向けては多くの制約があるのも事実だと思います。
ただし、制約に対して、傍観しているだけでは何も変わりません。
昨年は、新型コロナ(COVID-19)の影響で、働き方など、これまで当たり前と考えられてきたことにも見直しが入り、「ニューノーマル」という言葉がよく使われるようになりましたが、女性活躍・女性管理職の向上も「ニューノーマル」の一つに組み込むことができるかは、我々の行動次第だと思います。
弊社もDiversity & Inclusionを導入して1年が経ちました。社員の皆さんに対して、意識的偏見(コンシャス・バイアス)や無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)に関する“気づき”の機会を増やしつつ、性別にとらわれず、すべての社員が活躍できる職場づくりに努めていきたいと思います。


         

執筆者
小河原 尚代
株式会社Dirbato(ディルバート)
コンサルティンググループ パートナー

大学卒業後、大手SIerに入社。その後、日系総合コンサルティングファーム、外資系金融企業に参画。DX推進、プロジェクトマネジメントを得意テーマとし、DX推進の一環で、IT組織変更も多く支援実績を持つ。組織改革やシンプル化・自動化といった業務改革のマネジメント経験を豊富に有する。クロスボーダーな課題解決が求められるグローバルプロジェクトの責任者も歴任。2020年4月1日株式会社Dirbatoに参画。