ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)とテクノロジー

今年は新型コロナ感染症により、これまでとは生活様式も働き方も大きく変わりました。そこで今回は、「男性の育児休暇」というテーマではなく、人と人とのつながり方を変えるテクノロジーを、ダイバーシティ&インクルージョンとの関係性にまで広げて述べていきたいと思います。

1.新しい生活様式

 

「密閉」「密集」「密接」を避けるために、オンライン診療が開始され、仕事や学習はリモートワークの機会が増え、買い物はオンライン化や無人化が進み、食事はウーバーイーツで注文するといったように、新しい生活様式は多様なテクノロジーに支えられています。
東京都主催の『あたらしい生活様式なるほど博』(2020年11月7日-8日)でも、多くのテクノロジーが紹介されています。

テクノロジーの例:

● 体調管理:オンライン診療・服薬指導アプリ、フィットネスアプリ、スマートウェアシステム
● 仕事や学習:自分専用の学習カリキュラムを作成できる学習AI、スマートワークブース、VRやオンラインでのトレーニング
● 遊び:e-Sports、家族型ロボット
● 移動と買い物:お店やトイレの混雑情報を提供するシステム、コミュニケーションロボット、非対面・非接触型での検温、ショッピング、除菌・清掃

新型コロナ感染症は、これらの多くのテクノロジーを生み出す起因ではなく、既に開発されていたテクノロジーを活用する場を広げたと言えます。
多くの人にとっては「新しい」生活様式でも、一部の方にとってはこれまでと同じ生活様式であり、その方達向けのテクノロジーが既に開発されていたからです。
高齢社会を迎える日本において、テクノロジーは生活様式だけでなく、多様化する能力自体をインクルージョンできるポテンシャルを持っています。

2. マス世界から多様な世界へ

経済の高度成長を支えてきたマスの世界では、生産性を高めることが求められ、発見した問題に対し、画一的・標準的な解決策を考え、均一な生産が行われました。
ある課題のみに対応するプロダクトを生産するために、タイムマネジメントという概念が導入され、大量生産方式も生まれました。
このような社会は、我々に豊かな生活をもたらした一方で、マジョリティとマイノリティ、ジェンダー差別といったような二項対立の考え方を生み出しました。
一方の多様な世界では、画一的・標準的な生産は機械化されるため、個別の解決策を考え、多様な生産を行い、課題ごとの問題解決が求められています。

今までのマス世界(1:Nの世界)から多様な世界(N:Nの世界)になると、「技術をオープンソース化していくこと」と、「それをパーソナライズしていくこと」が一番のキーワードになります。
そして、パーソナライズを支えるベーシックテクノロジーは何かというと、AIやコンピューターサイエンスと呼ばれるような、統計的に処理できて、コストがほぼゼロでコピーできる情報処理と言えます。

3. 事例


A) VRを使って、気持ちを想像する大切さを学ぶ シルバーウッド社:VR Angle Shift

「VR Angle Shift」は、シルバーウッドが運営するサービス付き高齢者向け住宅において、認知症がある人の気持ちを分かりやすく理解できるコンテンツを作ろうとしたことをきっかけに制作されました。認知症=記憶障害というイメージが大きいですが、存在しないものが見えるようになる「レビー小体型認知症」や、距離把握に障害がでる「視空間認知障害」など認知症がある人ごとに様々な症状が存在し、同一の症状においても感じ方は個々で異なっているそうです。認知症を「学ぶ」のではなく、VRの活用により当事者の目線から「体験」することで自分事化し、気持ちをよりリアルに理解することができます。

コンテンツは、認知症だけでなく発達障害やD&Iも用意されています。D&IのVR研修では、前回取り上げたアンコンシャス・バイアスや心理的安全性、ハラスメント、介護・育児と仕事の両立、LGBT、メンタルヘルス等をテーマにしています。既に多くの企業の研修で導入されており、「ニュースや口コミで内容を知っていたが、百聞は一見にしかず。
体験してみて、VR体験の力に大変驚かされた。」という体験者の声も上がっているようです。
当事者と同じことを体験すると、顧客接点の捉え方や同僚との接し方も変わってくるでしょう。

B) 障害を持った人も創作活動を楽しめる Google社:Creatability

   

目の見えない人が絵を描いたり、耳の聞こえない人が音楽を作ったりと、障害を持った人がそれぞれに合わせて創作活動を楽しむことができるクリエイティブツールです。Web技術やAIを駆使して開発され、オープンソースで提供されているため、誰でもURLにアクセスするだけで使うことができます。


https://www.youtube.com/watch?v=c5-bHJqtQS0&feature=youtu.be

C) 音を聞き分けてスマホへメッセージ通知 Wavio社:See Sound

耳の不自由な人が、赤ちゃんの鳴き声から料理の音、テレビの音や通知音などに気付きやすいよう、200万ものYoutubeビデオから収集した膨大な音声データを基に、AIのラーニングシステムによって解析し、75種類もの音を聞き分け音の内容を特定し、スマホへメッセージで知らせる世界初のアラームシステムです。



https://www.youtube.com/watch?v=id83SDL3rrA&feature=youtu.be

D) 耳が不自由な児童の識字学習 Huawei社:Story Sign

この無料のスマートフォンアプリを起動し本の中の文章にかざすと、アバター「Star」がハイライトされた単語を手話でリアルタイムに表現するため、両親が手話を知らなくても、識字学習ができるようになりました。Story Signは13か国の手話に対応していて、52冊の人気児童書が対象になっているますが、まだ日本の手話には未対応です。



https://www.youtube.com/watch?v=IEYd6W5m5i8&feature=youtu.be

E) 音をからだで感じるユーザーインターフェース 富士通エレクトロニクス社:Ontenna

Ontenna(オンテナ)は、髪の毛や耳たぶ、えり元やそで口などに身に付け、振動と光によって音の特徴を、からだで感じるまったく新しいユーザーインターフェースです。ろう者と健聴者が共に楽しむ未来を目指し、ろう者と協働で開発されました。60~90dBの音を256段階の振動と光の強さに変換し、音のリズムやパターン、大きさを知覚することができます。



https://www.youtube.com/channel/UCIKsOwUgw3ZR4_BbOJphh3A

4. 現状


身体能力が衰えた方が増える高齢社会では、障害者向けに開発されたテクノロジーを活用することで、豊かな人生を送れる人が増えるかもしれません。
実現していくには、テクノロジーの開発だけでなく、私たちの意識付けも大切になってきます。

例えば、今年1月に日本で起きたダイヤモンド・プリンセス号における集団船内隔離において、自己情報の管理が当たり前という意識の多くの外国人たちは、自分が処方されている薬の種類や量を的確に把握しており、必要な薬を医師に伝えることができたため、すぐに処方箋を用意してもらえた一方で、日本の高齢者は薬の色やその数を伝えることしかできず、自分がどんな薬をどれだけ飲んでいるか分からない人もいたそうです。
まずは、「自分の情報は自分で管理する、そのためにデジタル機器を使う」という意識付けが必要になってきます。

行政業務の電子化も、全国民のITリテラシーが平均的に高い状態でなくては成り立ちません。
政府と民間企業が協力し、シニアをはじめとした非デジタルネイティブユーザーでも使いやすい目線でシステムを構築し、統一されたシンプルな操作手順でなければ、利用率は上がっていかないでしょう。シニアがITリテラシー向上に向けて努力する一方で、私たちも彼らが使いやすいシステムを考える・体験するといったような歩み寄りが必要です。

          

総務省統計局によると、年齢階層別インターネット利用状況は13~60歳はほぼ100%に近いのに対して、61歳以上になると70%程度に減り、70代になると47%、80代になると20%に減少します(「2020年国勢調査 インターネット回答の促進に向けた検討状況」より)。
こうした状況に対して、自治体などが積極的にネット環境を整備すると同時に、AIスピーカーの設置や、それらを家電と繋ぐセッティングを行うサポート要員が必要でしょう。

          

テクノロジーの進化により、誰かと同じ体験をすることできるようになり、多様性への理解が深まる機会も増えてきました。テクノロジーは、お客様の多様性、社員の多様性、社会の多様性など、さまざまなD&Iの課題を解決する可能性を持っています。
D&Iとテクノロジーの関係性が深まるには、まだ多くの課題がありますが、当社も「テクノロジーで世界に喜びを。」というミッションを掲げている通り、より多くの人を幸せにできるようなテクノロジーやコンサルティングを提供できるよう努めていきたいです。

         

執筆者
小河原 尚代
株式会社Dirbato(ディルバート)
コンサルティンググループ パートナー

大学卒業後、大手SIerに入社。その後、日系総合コンサルティングファーム、外資系金融企業に参画。DX推進、プロジェクトマネジメントを得意テーマとし、DX推進の一環で、IT組織変更も多く支援実績を持つ。組織改革やシンプル化・自動化といった業務改革のマネジメント経験を豊富に有する。クロスボーダーな課題解決が求められるグローバルプロジェクトの責任者も歴任。2020年4月1日株式会社Dirbatoに参画。