アンコンシャス・バイアス

今回は、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するにあたり、弊害となりうる「アンコンシャス・バイアス」について述べていきたいと思います。

1. アンコンシャス・バイアスとは

 

「アンコンシャス(unconscious)=無意識」と「バイアス(bias)=偏見」の二つの単語から構成されるとおり、アンコンシャス・バイアスとは「無意識の思い込み」という意味です。
本人が気づいていない、偏ったものの見方や歪んだ認知のことを指し、誰かと話すときや接するときに、これまでに経験したことや、見聞きしたことに照らし合わせて、「この人は○○だからこうだろう」「ふつう○○だからこうだろう」というように、あらゆるものを「自分なりに解釈する」という脳の機能によって引き起こされるものです。

これは、考える以前に瞬時にかつ無意識に起こる知的連想プロセスの一つであり、大量情報から素早くパターンを見つけだしギャップを埋め、仮説をもとに行動を起こすことをサポートするうえで、重要な役割を持っています。

アンコンシャス・バイアスは何気ない日々の行動や言動となって現れます。例えば、「男性はパソコンに詳しい」「女性は家庭を優先する」は典型例です。また、女性や若い人に対して見下したような態度を取ったり、軽く扱うような言葉を投げかけたり、マイノリティを無視するような心無い発言をしたり、相手の発言に対して、眉をひそめたりするような小さなしぐさや言動は、直ちに大きな問題とならなくても、小さなとげとなって相手に刺さり、心を傷つけ、違和感・疎外感を感じさせたりします。
小さなことだからと放置しておくと、職場の人間関係を悪化させ、パフォーマンスにも影響を与えます。

ただし、アンコンシャス・バイアスは、全面的な「悪」ではなく、すべて取り除くべきという見解は正しくありません。
組織活動における意思決定にネガティブな影響を与えないよう、円滑な組織運営を妨げる偏った見方を是正したり、発生しない仕組みを作ったりすることが大切です。

2. アンコンシャス・バイアスへの関心が高まる理由

私たちは同じモノを見ても、一人ひとり「解釈」は異なります。
そのため、誰もが無意識のうちに、相手を傷つけたり、相手を苦しめたりしていることがあります。そのようなことに対処するためにも、誰もが知っておいたほうがよいと思われる概念として、2000年前後から知られるようになり、近年注目を浴びるようになりました。

アンコンシャス・バイアスへの関心が高まったのは2010年代以降、IT企業大手である米Google社やFacebook社が、従業員から人種や性別の偏りがあると指摘されたことが一つのきっかけです。
Google社はこれを受けて、2013年からアンコンシャス・バイアス研修を実施し、Webサイトで研修内容や教材を公開するなど、組織にネガティブな影響を与える無意識の偏見を排除する取り組みを行っています。

日本企業でも、働き方の多様化が進んで、労働力人口の構成が変わってきているため、組織内のアンコンシャス・バイアスと向き合う必要性は高まっています。
厚生労働省が行った2017年(平成29年)の企業調査結果では、正社員での男女比率は女性が24.9%、男性が75.1%でした。
男性比率は変わらず高いものの、過去の数字と比較すると女性の就業比率は増加しており、「日本人・既婚男性・中年・正社員」が組織構成の中心となっていた時代から、労働者の内訳は変化しています。
また、2019年4月からは「特定技能」の新しい在留資格が創設され、多くの外国人労働者の受け入れが見込まれています。

性別・年齢だけではなく、人種や言葉、文化の異なるさまざまな人が働く組織では、無意識の偏見が誰かを傷つける原因になります。
昨今では、偏見を受けた側の声はSNSによってすぐに広がります。企業の経営活動において、アンコンシャス・バイアスはすでに無視できないものになりつつあります。

3. アンコンシャス・バイアスの典型的なパターン


本人の意図や思考とは別に、これまでの経験や情報によって形成されるため、「国籍で差別しない」「男女は平等だ」と答える人でも、具体的なケースになると無自覚に偏った見方をする可能性があります。
例えば性別や宗教、肌の色、名前、話す言葉、出身地など、アンコンシャス・バイアスはさまざまな場面で無意識のうちに発生します。

以下が、典型的なパターンとなります。
■ ハロー効果(一貫性バイアス):ある人物に好意を抱くと、その人物に対するすべてのものに対して好意的に考える
■ ステレオタイプバイアス:ある特定グループにステレオタイプ的な判断をし、客観的な判断を妨げる
■ 確証バイアス:仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め反証する情報を無視、または集めようとしない
■ 正常性バイアス:自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう
■ 集団浅慮:集団に所属することで無意識に同調傾向・思考停止に陥る
■ 慈悲的性差別:女性へのポジティブな偏見が差別につながることを言う

4. アンコンシャス・バイアスが及ぼす負の影響を及ぼす例


A) 採用・人材配置・昇進・評価・育成

「性別」「年齢」は組織の代表的なアンコンシャス・バイアスです。無意識の偏見を持ったまま判断を続けると、短期的にも長期的にも、問題を引き起こす可能性があります。

短期的には昇進や評価、人材育成面で社員の不満が鬱積(うっせき)します。長期的には、定着率の低下が挙げられます。例えば、スキルを持った中堅社員が希望する働き方と異なる業務をいい渡された結果、退職するケースなどです。
採用しても人が辞めてしまう、人材が育たないといった課題に心当たりがある場合は、アンコンシャス・バイアスの悪影響がないかどうかを見定めることが大切です。

B) 職場環境・人間関係

性別、年齢などに対する無意識の偏見は、普段の態度や会話に表れます。
ネガティブなアンコンシャス・バイアスが原因で、職場の人間関係が悪化するケースは少なくありません。
また、自身の偏見を認識していない上司から「女性であれば家事もきちんとするべき」「子どもの風邪で男が休むなんて、奥さんは何しているの?」など、無配慮な言葉が発せられ、部下のパフォーマンスやモチベーションが低下することもあります。

C) 組織の多様性

近年、日本に在留する外国人の数は増加の一途をたどっています。また、LGBTといったセクシュアル・マイノリティへの理解・認知が進むなど、社会的にも多様化の重要性が問われています。
アンコンシャス・バイアスを放置すると、組織の多様化を阻害する恐れがあります。

組織内にアンコンシャス・バイアスがどれくらいネガティブに働いているのか、わかりやすい指標となるのはデータです。
「役員の男女比率」「平均給与」といったデータを見ると、組織のなかのアンコンシャス・バイアスに気づくきっかけになります。

5. 多様性の受容とアンコンシャス・バイアス


多様な価値観やライフスタイル、属性の人が働く職場では、アンコンシャス・バイアスは特に重要なテーマとなります。
少数派(マイノリティ)の社員は、自ら声を出しにくく、また大切に扱われていないというメッセージを受け取ることが多くあります。
学歴や年齢、性別、役職など力を持つ側が、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)にアンテナを立て、意識的に多様な人に向き合うことで、尊重され受容されている、と感じることができるのです。
組織内でアンコンシャス・バイアスに意識を向けることは、職場の心理的安全性 を高め、組織と個人のパフォーマンスの向上に役立ちます。

アンコンシャス・バイアスが生まれる影響について、Google社では、以下四つの要因を挙げています。
■ ステレオタイプと職業との結びつき
■ 少数派に対する固定観念
■ 不十分な情報
■ 認知資源の制約

6. 海外企業で進むアンコンシャス・バイアスへの取り組み


アンコンシャス・バイアスは本人が自覚をしていないが故に、防ぐのが非常に難しいものでもあります。
これをなくすためにはまず、研修やワークショップなどの機会を設けて、誰もがアンコンシャス・バイアスを持っていることやどのような種類のバイアスを持っているのかを認識する機会づくりが重要となります。

A) Google

Googleが検索エンジンとして使用しているロゴ(グーグル・ドゥードゥル:その日に合わせてデザインを変えた検索エンジンGoogleのロゴ)ですが、1998年の創業以来、日々更新されてきたその装飾デザインには、最初の7年間に女性は1人も登場していません。
2010〜13年で登場した人物のうち62%は白人男性。女性は約17%、白人以外の男性が18%、白人以外の女性は4%にすぎませんでした。民間の研究所から指摘を受けたGoogleは、社員が偏見を理解し、多様な視点を持ち行動と企業文化を変えるために、2013年5月から「アンコンシャス・バイアス」と名づけた教育活動を開始しました。
現在では全世界で2万人以上の社員がそのトレーニングを受けています。

B) ユニリーバ

性別の要素を排除した採用を行う体制を整えるため、採用の応募フォームを新たにし、性別に関する質問をなくしました。国際女性デーを目の前にして大きな決断をしたユニリーバ社の動向には大きな注目が集まりました。

C) マイクロソフト

世の中のインクルージョンを促進することを目的に、本社の人事部門が開発した、社員向けの「無意識の偏見」のオンライントレーニングを一般に公開しています。ビジネスの場において、アンコンシャス・バイアスをどう認識して対応をすればいいのか、具体的な例で解説しています。

7. 私たちができること

アンコンシャス・バイアスは他者に対するものだけではなく、「自分にはこれはできるまい」と言ったような自分自身に無意識に課しているものも含みます。人生の各ステージにおいて仕事含めた様々な優先順位は変わっていくものであり、1人の人間ができることには当然限りがあります。
一方で、各自が持っている経験やスキルは、企業にとって非常に大きな価値をもたらすこともあります。
自分自身へのアンコンシャス・バイアスから一歩踏み出すことで、少し違った未来が見えてくる可能性もあります。

冒頭でも述べた通り、アンコンシャス・バイアスは悪ではありません。
他者に対しても、自分に対しても、無意識に思い込んだ行動をしていないかを意識するだけでも行動が変わってきます。相手に対して思いやりのある行動を心がけていきたいですね。

         

次回は、男性の育児休業について述べていきたいと思います。「アンコンシャス・バイアス」を意識すると、今までとは違った意見が出てくるかもしれません。

         

執筆者
小河原 尚代
株式会社Dirbato(ディルバート)
コンサルティンググループ パートナー

大学卒業後、大手SIerに入社。その後、日系総合コンサルティングファーム、外資系金融企業に参画。DX推進、プロジェクトマネジメントを得意テーマとし、DX推進の一環で、IT組織変更も多く支援実績を持つ。組織改革やシンプル化・自動化といった業務改革のマネジメント経験を豊富に有する。クロスボーダーな課題解決が求められるグローバルプロジェクトの責任者も歴任。2020年4月1日株式会社Dirbatoに参画。