なぜ、ダイバーシティは「失敗」してしまうのか

前回は、ダイバーシティ&インクルージョンとは何か、どのように分類できるのかを説明させていただきました。今回は、多くの企業でダイバーシティ&インクルージョンの取り組みが推進されている一方で、取り組みが上手くいかない理由を考えていきます。

1. 重要性は理解されているが、意識改革が追い付かない

日経xwomanが男女1,762人に行ったジェンダーギャップに関する調査*1で「経営者などのリーダーに女性は向いていると思うか?」という設問に対して、「リーダー職の向き不向きは男女で変わらない」と考える人が約7割という回答結果でした。

          
 

一方で、女性活躍が以前より進んだにもかかわらず存在する障壁は何かという問いでは「ダイバーシティ経営の効果が理解されていない」という回答結果が1位となりました。
「女性には苦手な仕事がある」「精神的に弱い」「男女で担当する仕事に差がある」など、偏見や無意識バイアスの存在を示す回答もあったようです。

         

ダイバーシティの重要性は理解されながらも、現場での意識改革などが追いつかないことが、ダイバーシティが上手くいかない現状を示唆しているのではないでしょうか。

 
 

2. 意識改革が追い付かない要因


A) 均質化された組織と既得権


これまで日本の企業は、共通の価値観を持つ均質的な組織作りを行ってきました。
マネジメント効率を高められると同時に、企業のアイデンティティを個々の従業員が共有することで、企業独自の強みを打ち出す経営戦略が取られていたためです。


   

均質な組織では、人と違う意見をためらう、場の空気を読んで発言しないといったことがしばしば起こります。
さらに、日本では協調性を重んじる意識が根強いため、人の意見に同調しなければ、少数意見者として暗黙的に排斥する同調圧力が働きやすくなっています。こうした環境下では、よい意見やアイデアがあっても発言されず、個人の能力が十分に発揮されません。
ひいては、多様化・複雑化する現在の市場において、企業の競争力を維持できなくなっていくと考えられます。

         

しかし、均質性に慣れている従業員にとって、多様性を認めて受け入れることは容易ではありません。
例えば、「管理職に適した女性人材がいない」「女性は昇進したがらない」という話がありますが、マイノリティの方を登用すれば自分が今持っている肩書や権力が脅かされるかもしれない、優秀なマイノリティの方が管理職に登用されたらはじき出される可能性があるかもしれないといった恐れや、これまでの既得権(権力や肩書)を手放すことへの恐れがあるかもしれません。

         

一方で、日本の男性は会社の中で、いろいろな理不尽を飲み込んで、多くの我慢を強いられてきました。男性が人生を楽しみ、解放される状態になる環境作りを、ダイバーシティ&インクルージョンの施策と一緒に取り組むことが、ダイバーシティ&インクルージョンの実現を早めるでしょう。

         
         

B) 均質化された組織に合わせた制度

         

昇進・昇格を拒否する方がいることも確かです。
日本企業の給与制度は報酬が低くてもポジションにつきたがる、均質化された組織仕様になっているケースが多いですが、責任と報酬のバランスが取れた管理職であれば、引き受ける方も増えていくのではないでしょうか

         

多様な働き方を制度として認めることも、ダイバーシティ&インクルージョンの推進につながります。
管理職の多様な働き方の事例を増やすことは、過大な業務負担を背負わされたくない、体を壊してまで働きたくないといった、管理職に対する画一的なイメージの払拭につながり、推進のスパイラル効果を生み出します。

         

ユニリーバ・ジャパンが2020年3月、性別欄や顔写真の提出を廃止し、コクヨが8月、性別欄のない履歴書を発売する方針を表明しました。
KDDIでも6月、同性のパートナーの子どもを、異性婚カップルの子どもと同様に家族として扱う「ファミリーシップ申請」を開始しました。このような制度作りが採用や福利厚生を充実させることも、ダイバーシティ&インクルージョンの成功をサポートするでしょう。

        

C) ダイバーシティ&インクルージョンの担当

   

ダイバーシティ&インクルージョンを推進するのは、マイノリティ従業員の責任だと考えられがちなことも、実現を妨げる要因の一つではないかと考えられます。
日本企業に限らず、企業の最高ダイバーシティ&インクルージョン責任者は女性か非白人であることが多く、彼らは権限もサポートもリソースもほとんど与えられずに、組織全体の改革を任される場合があります。
「お手並み拝見」といって、孤独な状況を作り出している場合ではありません。ダイバーシティ&インクルージョンの努力を成功させるには、何よりもトップがサポートを示し、模範を示す必要があります。


D) 取り組みの優先順位


日本の企業の多くはダイバーシティ推進を「女性活躍推進」と同義語化しており、男性を含めた個人の能力や価値観の尊重ということが理解されているとは言い難い状況です。
また、「女性の活躍または活用推進」という理解から、ダイバーシティ&インクルージョンの推進が経営上の戦略的課題であるという認識に欠けていて、会社全体の取り組みにおいて、推進の優先順位が低くなってしまうことも課題です。

         

3. ダイバーシティ&インクルージョンの成功は、トップの決意と管理職が示す模範


ダイバーシティは2種類に分類することができます。
「表層的なダイバーシティ」が性別、年齢、人種など、外から見てわかりやすい多様性を指すのに対して、「深層的なダイバーシティ」は価値観やパーソナリティなど外からでは識別しづらい多様性を指します。

        

A) トップの決意
        

管理職の世界は、依然として、マジョリティが快適に成功を収められる仕組みが主流となっているといっても過言ではありません。
マイノリティ従業員は昇進が頭打ちになったまま何年も過ごすか、不満を抱いて辞めていくかのどちらかです。それは、リーダーたちの職場カルチャーが変わっていないからです。


        

企業は、優秀な人は自然にトップに上り詰めるという考え方を捨てなければなりません。
自然な昇進と考えられているものは、自分に似た人物を選ぶ傾向のある上級管理職が、非公式なメンタリング・システムやサポートによって引っ張り上げられたり、押し上げられたりした結果だからです。


        

マジョリティ従業員とマイノリティ従業員を意図的に組み合わせるメンタリング・システムを構築し、双方の意識を変えていくことが成功の大きな助けになります。
ダイバーシティ&インクルージョンをうまく管理している会社は、従業員一人ひとりが自分の能力を発揮できるようにしています。

        

職場カルチャーを変えていくには、トップが強い意志を持たなければなりません。
リーダーがやれば、周囲は従います。インクルーシブなリーダーの育成に力を入れるために、経営幹部の評価を、採用と人材維持の目標達成度に連動させたり、役員報酬と連動させたりする取り組みが必要でしょう。

   

B) 管理職が示す模範
 

ダイバーシティ研修の実施や社内の苦情処理システムの設置、そして人事評価システムの改革は、効果がないことが多いそうです。
こうした措置は、参加者に説教をしたり、その主体性を奪ったりするため、よりインクルーシブな職場づくりに対する当事者意識が低下するどころか、一部のマジョリティ従業員の間では、ダイバーシティ実現努力に対する憎悪や反感を悪化させる可能性もあるそうです。
(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2017年7月号 フランク・ドビン、アレクサンドラ・カレフ 『差別の心理学:ダイバーシティ施策を成功させる方法』)


管理職が問題解決に関与し、仕事でマイノリティ従業員との接触を増やし、社会的説明責任を推進することが効果的です。
職場カルチャーは、より多くのカルチャーに接している人ほど、新しいカルチャーを受け入れやすくなります。
管理職が、自分のカルチャーを異なるカルチャーの視点から見直し、改善を繰り返すことができるようになれば、企業のダイバーシティ&インクルージョンの成功を高めていくことができるでしょう。

         

執筆者
小河原 尚代
株式会社Dirbato(ディルバート)
コンサルティンググループ パートナー

大学卒業後、大手SIerに入社。その後、日系総合コンサルティングファーム、外資系金融企業に参画。DX推進、プロジェクトマネジメントを得意テーマとし、DX推進の一環で、IT組織変更も多く支援実績を持つ。組織改革やシンプル化・自動化といった業務改革のマネジメント経験を豊富に有する。クロスボーダーな課題解決が求められるグローバルプロジェクトの責任者も歴任。2020年4月1日株式会社Dirbatoに参画。